私が我が国にパン食を普及せしめたいという抱負もあるので――一本三十銭の原料代で売出している。これは絶対に配達しない。近頃ではお客様の方も私の精神をよく理解して快く自分で持ち帰って下さる。長年の得意で心安い奥さんなどは「欲と二人連れとはこれをいうんでしょう」と快く二、三本抱えて行かれる。
我が国では遠くの方から注文があると名誉と心得て、炭一俵、牛乳一本の注文でも喜んで持って行く店があるが、その間にかえって大切な近所のお得意さんを他の店に取られるといったようなことになり、結局においてかえって損をすることとなるのであります。
たとえ岩崎でも
いまは商売をやめたが、本郷切通しに山加屋という東京でも一流の呉服屋店があった。ここの主人はなかなかしっかりしていて、店の主義として外交販売を一切しなかった。切通しといえばすぐ近所に岩崎があり、前田侯爵がある。山加屋は当時にあっては有名呉服屋だから、この両家で品物を持って来て見せろという。主人は応じない。こうして主人が言うには「何百円何千円買ってくれる人も、五十銭、一円の方も私に取っては同じくお客さんです。一方にしないことを他方にするという
前へ
次へ
全330ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 愛蔵 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング