荷を担いで狭い裏通りに入って来て、「今日は」と廻る。奥さんの手がふさがって居って、何んだかんだとしばらく待たされ、いや今日は魚は止めだと言われる。またお願い申しますと言って帰る。そんな具合で三日に一度ぐらいしか用がないのに、重い荷をエッサエッサと担いで毎日廻らなければならぬ。そうして勘定になると月末の勘定である。しかもややもするとその月末の勘定が貰えないで、二月も三月ものびる御得意もあれば、何百軒の中には、一軒や二軒は月末になるとどこかへ行方不明になってしまうものもある。こういう不利益、いろいろな手数をかけているから、どうしても公設市場の物より高くなるのは当然である。公設市場が安いというのは配達料を見ず、貸倒れを見ず、集金の費用も見ずですから市場ではものが安く売れるわけである。今の日本の家庭のように、奥さんやお嬢さん達が面倒くさがって奥に引っ込んで居って、御用ききが来ても、女中伝えで物を注文するというような不合理なことをしている家庭が多いうちは、まだ御用きき制度というものは役に立つけれども、とにかくこういうことをしていると、自然高く売らなければならぬ。公設市場が安いのは無駄な費用が省け
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