かも知れませんが、世間には一人で幾十という会社の重役を兼ねて居るのを見受けますが、特別な偉人でない限りこれは無責任のそしりを免れないものであります。
 いたずらに形だけの大小に捉われて、その質を忘れることのないよう、自ら戒めて戴きたいのであります。

    商売は公明正大

 昔は、商人というものは甚だ軽蔑されて、まことにつまらない待遇を受けて居った。また商人自身も、自分は、学者、政治家、軍人等と、対等のものでないというような考えで、自然卑屈に流れ、商売は正々堂々でなく、まあ儲けさせて貰うのだから、小さくなるのはやむを得ない、無理を言われても我慢してなくちゃならぬものというふうに考え、またそういうふうに教えられて来た。
 しかし私は、はじめて商業に従事した時、このくらい自由なものはないと感じた。これが勤め人だというと、いくら真面目に働いても、上役の御機嫌にそむくようなことがあれば、直ぐやめさせられてしまう。ところが商売は、自分が真面目に勉強すればするだけのことは現われて来る。これが官に就いているとか他人に使われている身分だとすると、仕事を少し怠けても御機嫌をとることがうまくて上役とか
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