教えられるところが非常に多い。接客のサービスとか、仕入れだとか、デパートに教えられる。こうした不断の研究を怠たらぬことが肝要だと思う。現在の小売商はデパートに較べると著しく進歩がおくれている。これは研究して経営を合理化して行かねばならぬ事と思う。」
「中村屋の繁昌ぶりでは一ヶ年の売上高も相当巨額なものでしょうし、従って純益も莫大なものでしょう」
「昨年度の成績だと百二十二万円ばかり売っている。そうして利益は六万九千円ばかりになっているから、割合にすると売上高の五分七厘くらいである。この四月は製造高が一二万円で店売りが十三万円ばかり、まあ菓子の売上高としては日本でも指折りの方であろう。これは何もかくす必要もないのでサラケ出しているが、税務署から調べに来て売上高の多いのには驚いていたが、それにしては利益が少なすぎるというので、どこかにかくしてあるだろうということであった。そこで私はスグ店員を四方へ走らせて東京で第一流の菓子店と百貨店などから私の店で売っている品と同様のものを買い求めさせて、お役人の目の前で秤にかけるやら食べてみるやらして試験してお目にかけた。ところがその結果私の店のものが平均して一割四分方他所のものより安いことが証明された。
『これではむやみな利益は生れる筈がない』という訳で納得されてお役人は帰られたことがあった。商売というものはやりようであるから、儲かるようにすればいくらでも儲けられる。しかしそれでは永続して繁昌はしない。結局薄利多売で行く方が身体は忙しいが気持がよい。またそれが商売の常道である。よくて安い品を気持よくお客様に買って頂き、お客様に喜んで貰うことが吾々の勤めなのである。」
一商人として欧州へ
国際状態も甚だしく変化しているので昭和三年三月神戸を出帆。約四ヶ月間欧州諸国を歴遊した。その目的とするところは西洋における実業界、主として個人商店の経営法の研究であった。今日においては欧州の事情も変化し、当時とは経済状態も曩日の観察をもって今日を卜することの迂愚なることはもちろんであるが、経済的歴史事実は中断されるべきものでなく、また昔日の考察も今日の日本の状況に照して多少|肯綮《こうけい》を得る点なきにしもあらざると思って掲載するのである。
今回の旅行は、欧州に留学中であった長男及び娘を連れ戻しに行ったのが主で、そのついでに、欧州諸国に寄り道した程度のものであるから、まとまった研究などではありません。
今までの旅行と違った点
ただ、私の今回の旅行は、今までの沢山の旅行者と幾分違った点があると思います。
従来彼方に行かれた人々は、留学生とか、大学教授とか、その他政治家、あるいは大工場主というような立派な方々ばかりで、私のような小さな一商店主が西洋における商業の実際を調べに往ったのは、私が嚆矢《こうし》ではないかと思います。こうして今一つ私が少しく調べて来ましたのは、百貨店の大発展についてであります。この事は近頃、新聞雑誌等でも問題とされて居りますことで、すなわち近年の大不景気に際会して、一般商店は大概一割二割の売上げが減少して居るにかかわらず、ひとり百貨店のみは年々売上高が増加し、前年よりは必ず多くなっていると云う有様で、もしも景気がなおったならば、どのくらい発展するかわからない。彼方に一万坪、此方に五千坪と、隣り近所に大きな百貨店が続出するという有様では、一般小売商店にとっては少なからぬ脅威であります。
これについて、先進国である欧州においての百貨店の営業振りと、これに対する個人商店の対抗振りとを、ついでに見て来たいと思ったのでありました。
彼の地における大使や商務官方のお話によりますと、東京の百貨店ではたいがい視察に来て、白木屋からは四人連れの一行が来られた。また三越なんかは前後何回も来て居られたが、小売商店の方で研究に来られた者はいまだかつてないという事でありました。よってそれらの研究をお話したらば、多少は御参考になるかと思います。西洋の立派な建物を見たり、ローマの都で、一度に千八百人もはいる浴場の跡を見たり、あるいは巴里のグランド・オペラで三千人の美人が一堂に集まる、というようなありさまとか、風俗とかは誰でも見たことであって、いまさら私が申し上げるのでもなく沢山紹介されて居りますゆえ、これらの方面のことはいっさい省略しますが、順序として旅行最初の印象をちょっと申し上げたいと存じます。
海上四十日間の所感
上海を経まして、それより英領の香港、また英領のシンガポール、また英領のセイロン島等に寄港し、続いて立寄ったエジプトもこれまた独立国と云うのも表面だけで、やはり英国の保護国であるようなわけで日本を出でてより海上四十日間、ことごとく英領をすぎる。その英領はみ
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