一方に傾いていた。
 私のところの店は、パンを売る店であったから、夏は随分いそがしく手不足くらいでも、冬はとかくひまで困ったものであった。そこへいくと、百貨店は、一年中そのいそがしい時、ひまな時にさほどの差異がないのである。
 私は考えたのである。暇が出来たからといって、雇人の首を切るわけにもいかない。いそがしいといって、臨時に雇入れたのでは役に立たぬ。百貨店のように一年中仕事に繁暇のない仕事を持っていかなくてはならないと。
 そこで、もち菓子を始めた。喫茶を始めた、支那菓子を始めた。かくして一年中だいたい仕事の上ではむらがないようになった。一年中一番いそがしい時期、一年中一番ひまな時期、その比率は十対七とまでは行かなくなった。
 仕事の上にも百貨店に導かれて、非常に能率的になった。
 たとえば菓子の折詰は前もって造っておいたのでは、お客さまは喜ばなかったものであるが、百貨店の影響で歓迎してくれるようになった。その他にも種々利益するところがあった。

    小売商人は親切とのれんを売れ

 我々小売商人は、あの堂々たるビルディングに納まって、最新科学の先端に立っているデパートとは、その量において相匹敵することは出来ない。
 しかしながら考えてみると、エレベーターを動かし、大演芸館を持ち、遊園を設備して、多大の資金と経費を投じているこのデパートの費用は、みな売上の利潤から支払わなければならない。
 我々小売商は、こうした資金経営を要さない。こうした多大の金を費わないところに、小売商がデパートと闘う強味がある。
 小売商人はこのデパートの要すべき多大の失費を、そのまま物価の上より引き去って、それだけデパートの売価以下に、廉価にしなければならない。
 小売商の中には「この品はデパートでは五十銭だのにあなたの所のは五十五銭で高い」と、お客にいわれ「デパートなみに安くはいきません」などという店もあるが、それはもってのほかというべきだ。
 常にデパートより安く、同価なれば優等品をと心がけて、その建築の外形においては及ばないがその実質において競争すべく、身構えるべきである。

    日本商船はどうして客をとる?

 次に客に対するサービスであるが、デパートは何百何千のショップ・ガールを抱えて、御客に応対せしむるに、その各々が満足な商品の知識を持たせることが出来ない。ただ定価通
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