ざいませんが、実はあのお屋敷によって毎朝その日その日の御用を伺いますのに、非常に手間がかかって困るのでございます。まず係の勝手女中より中働きに達し、奥女中を経てお上(近来俄分限や勿体ぶる官吏の家庭にては女中や下男をして御前あるいはお上と呼ばせる)に御用を伺って来るために、早くも三四十分、おそい時は一時間ないし一時間半待たされる、しかし多少とも御用のある時はよろしゅう[#「よろしゅう」は底本では「よろしう」]ございますが、待った上でないといわれた時は実に泣きたくなります。雪風の寒い日にも火一つない土間にぶるぶる慄えながら印袢天一枚で一時間も待たされては実にやりきれません。これは私どもの忍耐の足りないところと致しましても、そのために他のお得意廻りが遅れて、よそ様へ不都合になり、その上店に帰ると御主人からはちと手間が取れ過ぎるとお叱りを蒙ることとなります。実にこんな時は頭の中がムシャクシャして、狂人のようになることがございます。また支払日など弁当持参で半日以上もお屋敷一軒のために費さなければ御勘定が頂けないのです。そういう時も他の掛取りが時間が後れて取れないため、私どもが途中で油を売っていたかのように御主人から誤解されたこともたびたびありましたが、たいがい事情は右の通りでございますので、自然あのお屋敷に上ることを好まないようになったのでございます、と、自分はこの事実を聞き取った翌日より、断然この屋敷への出入を中止した。
 これはその家に出入りする商人のすべてが異口同音にこぼしていることであるが、得意を一軒失う悲しさにいやいやながら皆出入しているのであった。
 お得意がかく身勝手にして傲慢の風あるは畢竟東京の商人の卑屈さに原因するのであって、商人それ自身の罪である。東京は昔から高位高官の人、大名華族が住んでいて大威張りをしていた歴史つきの所であるから、これらの人々を相手の商人は、勢いその圧迫を受けて阿諛するようになり、御無理ごもっともで相手の我がままを通させるようになったのである。文明を誇り自由平等をよろこぶ今日、なおこの蛮風は少しも改まらずして、商人は依然卑屈なる幇間的行為を持続しているのである。これに反して、関西地方ことに大阪商人の見識の高いことは素晴しいものである。第一流の旅人宿や料理店では紹介がなければ客を通さないということである。これは大阪は商人が経済界及び社会上
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