もを、一週間に幾回ずつか必ず行商に出してやることにきめている。彼らは初めは思い悩んで、この行商を苦にする風があったが、よく職人と商人の区別を説ききかせ、強いて行商に出してやる習慣をつけたが、いまではよほど興味をもって勇んで出て行くようになった。

    主人と雇人の食物

 近来主人の食物と雇人の食物の区別について相当考えている人もあるようであるが、ここに心づかれたのは至極結構のことである。しかし我々から言えばこの問題を改めて考え、しかも何らかそこに矛盾を感ずるなどは、了解に苦しむところである。
 人はいう。主人は一家の最上の地位にあるもの、また義務責任も重大であるから、従って心遣いも多く、ゆえに三度の食物も他の家人よりは滋養に富むものを採らなければならないと。それで妻君はことさらに夫のために毎夜酒肴を備え、歓待至らざるなしの有様であるが、これは一つの口実に過ぎず、主人とともに妻子も美味をとるのである。
 自分は新来の女中に奥のおかずは何に致しましょうと、奇怪な問をたびたび受けた。また出入りの八百屋、魚屋は初めはことさらに、これは奥のもの、これはお勝手向き、と区別をつけて、その日の用の有無を尋ねるのであったが、これをもって見れば、多くの家では家人と雇人の食物に等差があるものだということが想像される。甚しきは肉なり魚なりを家人の分だけ用意し、小僧女中等の分を買わず、子供の食い残しかまたは昨日の煮物のおあまりを台所の隅で頂かせる家もあるように聞いている。これは小商人及び給金取りのいわゆる屋敷風の家庭に最も多いとのことである。これに反して昔風の堅気の商家では、旦那を初めとし、番頭小僧女中ことごとく三度の食事はみな同一の粗食を取っている。されど時々主人家族は用事に托して外出し、料理屋に入り、日頃の渇望を充たすのであるが、小店の主人やお屋敷の如く、雇人の前に御馳走を見せびらかすような罪つくりはしない。粗食の結果は雇人どもは毎夜店を閉じて眠りに就く前、そっとまぎれ出て軒下のおでん屋あるいは横町の屋台ずし一品料理など、暖簾の内にもぐり込みてせわしく頬張り、あるいは主人の用を帯びて外出した時に、また朔日十五日の休みにめいめい好み好みの飲食店に入って、これも日頃不平を鳴らしている腹の虫を抑えつけるのである。かく双方でかくし食いするは甚だ面白からぬもの、総じて雇人はとかく心ひがみ易き
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