するのであって、皆さんもどうか当日は心から合掌礼拝してその霊を慰め、冥福を祈って下さい。
三河の国では年に一度百姓たちが集まって、虫供養ということをするそうです。これは平常田や畑へ出て働くうち、鋤鍬の先に触れて死ぬ虫を憐み、また作物を育てるためには害虫駆除をして思わぬ殺生をするので、百姓たちの心に自ずからこの仏心が生ずるのだとききました。私たちもまことに同感です。
現れた力と潜んでいる力
江戸ツ児は総じて早熟で、敏捷で物わかりが宜しいから、入店するやただちに何かしら役に立ちます。しかし惜しいことに根気がなくて物事長つづきしません。目先のきく割合に大成しない傾向があるのです。これに反し、地方出の少年はすべて鈍重で物わかりがわるく、したがって急には役に立たないが、辛抱強くて指導さえ宜しければ[#「宜しければ」は底本では「宣しければ」]必ずよい店員になります。それをみわけて誤らぬように常に注意するのが主人や先輩のつとめであり、誰もその責任は充分感じているのですが、現れた才にはつい眩惑され勝ちなものです。
店員の間に、誰は無能なのに高給を食んでいるなどと不平をいうものもありそ
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