には人間に対すると全く同じに慈悲と親切をもってしなければならない。それでこそ牛も初めて素直になり、穏やかに人間の意に従う。実際牧夫が乳房を搾っても牛は乳量をたくさんに出さないが、主任が手をかけて搾ると気持よさそうに眼を細め、じいっとしていて濃厚な良い乳を多量に出します。牡牛は気が荒くてなかなか牧夫のいうことを聞かないものですが、もしこちらで腹を立てて打ちなどすると、その一度だけで、もう良い牛にはなりません。中村屋の牡牛が牝牛のように柔和従順であるのは、ひとえに和田主任の愛育によるものであることを知らなければならない。
中村屋牧場はこうしてたしかに牛の平和郷ですが、ここにもいたましい犠牲を出すことがあります。それは生れた牛が牡牛であると、しばらく飼い育てた上、食用として人手に渡さねばならない。また怪我をしたり、子を生まなくて乳牛の用をなさぬようになればこれも屠殺場に送られる(病牛や斃死した牛は食用として許されません)のです。
こう考えて来るとあなた方の胸にも、人に栄養を提供してたおれて行く生物のいたましさを感じるでしょう。年々増上寺における動物供養は、私どもの生物に対する追善の心より
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