の後発展に伴うて一人二人と増し、だんだんふえて、ことに昭和四年頃からは年々三月の卒業期に二十人以上の少年店員を迎えることになって、創業三十七年の今年は二百七十人の多勢となり、この大勢の店員諸君が常に緊張して忙しい店を維持し、店の進展に伴って各自その全能力を発揮せんとして努めているのであって、最年少の新入店者に至るまで私はこれを自分と同じく商業に志す同志として迎え、かく多くのよき同志を得たことを常に感謝している次第である。
 さて諸君はことごとく我らのよき同志であるが、一面また「使う人と使われる人」の関係におかれているのであって、世上この「使う人と使われる人」の間ほど難かしいものはなく、ことにこの頃は時代の進歩につれて後から後からと新しい問題が提示されるのであって、主人としての責任は重く、我らは心を尽して諸君とともに万あやまりなきを期せねばならない。
 それゆえ自分は平常他人の話にも注意し、良きにつけ悪しきにつけ参考とすることを怠らないのであるが、一昨年米国を視察して帰られた藤原銀次郎氏のお話には、一方ならず興味を惹かれた。氏は米国においていろいろの会社の執務振りなども見て来られたが、米
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