ようと決めた。日本の十五夜に支那の月餅を売る、これもいささか日支の間に融和を図るものではあるまいか。
 ここに月餅の由来につき興味ある話があるから、少しこれを語ろう。
 明の時代のこと、蒙古から支那に伝来した喇嘛《ラマ》教が盛んになって、喇嘛僧の勢力が増大するにつれ、弊害百出し、社会を毒すること極度に達した。心ある人々これを憂い、饅頭の中に回章を秘めて同志の間に配布し、八月十五日の夜志士ら蹶起《けっき》して喇嘛僧を鏖殺《おうさつ》し、僅かに生き残った者は辛うじて蒙古に逃れ、支那には全く跡を絶った。しかし冠婚葬祭のすべてを喇嘛教の宗教的儀式によって行っていた長い間の習慣はなかなか消えるものでなく、秋至り十五夜を迎うるごとにいまさらの如く彼らをしのび、また回章を封じて配った饅頭の故事を記念して年々この菓子をつくり、贈答するに至ったもので、明月に因んでこれを月餅と称したのであるという。
 中村屋でも初めはこれを八月の一ヶ月だけ売ることにしていたが、一方支那饅頭の好評とともに、月餅を愛好される人も年々増加するので、その希望に従い、今では年中製造して売ることに改めたのである。
[#改丁]

 若
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