城内にある大市場であった。南北二十五町、東西十町ぐらい、その広大な地域に数千戸の商店が軒をならべ、市民の生活に必要なものはことごとく揃っており、各種の遊戯場、温泉、料理店、全くお好み次第の盛観で、しかもこの地域には雨も降らず、風も吹かず、煩わしい馬車の通行もないのであるから、これは全く平面的大百貨店であった。
 当時この市場の近くに、近代的な高層建築の百貨店が出来ていたが、この方は至って淋しく、この大市場は殷賑《いんしん》を極めており、興味ある対照をなしていた。
 聞けばこの市場の販売力は、北京住民の必需品の約四割を占めるということであったが、その偉観には私も思わず驚嘆の声を発した。当時私は小売店の死命を制する百店貨に対して真剣に研究を進め、百貨店視察のために欧州に行く前でもあったから、特にこの市場に注意を惹かれたのであった。
 この旅中に日本人の一|喇嘛《ラマ》僧に会い、支那では古来八月十五夜に「月餅」と称する菓子を拵え、これを月前に供えるとともに、親しい間に盛んに贈答が行われるという話を聞き、何となく彼我風俗の相似するのを感じて、我々はこの新菓をばこの旅行記念として日本への土産にし
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