美しさに、下戸も団子を喰ひ飽きてうつとり眺めゐるもあり。心々に花莚さすがに広き山内も、人の頭に埋められぬ。
君子は今日の好天気に、久し振りの花見せばやと、珍しく父の思ひ立ちに、母とともに連られて、そこよここよ人に押されて見歩行きしが、父の大張込にて昼食は桜雲台の、八百膳といふ心搆へも、あまりの人出に思わくを替へ、と、鶯溪へ折れて温泉に浴しながら、ゆるゆるとうちくつろぐ事となりしに、ここはまた別世界の、ひつそりとしたるが君子の気に入り、父母がささ事の隙に、我は庭下駄はきてそこら見ありきしが、奥まりたる離れ座敷に人のけはひして、男女のささやき聞こへしかば、ハツと思ひて引返さむとしたりしかど、何となくその声音聞き覚へあるやうなれば、よしなき事とは思ひながら徒然なるままに聞き耳立てにしに、思ひきやこれは、甲田と花子の話し声ならむとは。
ほんとにあなたはひどい方ですよ、私に隠して君子さん許へなんか遊びにいらつしつて。なアに隠すも何もありやアしない、行つたつて不思議はないじやありませんか。ではなぜおつしやらないの。別にいふ必要がないんですもの。何必要のない事はありませんわ、君子さんといふ美しい
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