も軽井の為には大事の得意なればイヤごもつともなるほどなるほどと心底感心らしく聞きてはゐたれど、何よりも心配なは君子の父の昔堅気なり。そこをどうしたものと、少し思案の首を傾げたれど、もとよりかかる事には抜目なき古狸いかやうにもごまかすつもりにて、イヤ宜しうござります。ともかくも計らうてみませう。だか旦那新橋や葭町のと違つて、少しは手間どりませうからと、勿躰らしくいふに甲田はニヤリと笑ひ、イヤさう首をひねらなくツとも、何もかも承知してゐるサ、貴公の手腕はかねて知つとるんだから、どんな難物でも説き付け得ぬ事はなかろう。その代はりいつか持て来た応挙、あれは少し恠《あや》しいのだが、買ツといてやるサ、自他の為だ尽力すべしかハハハとおだてられて軽井は内かぶとを見透されじとやいよいよ真顔になり。イヤ旦那そりやアおひどうごす。あれはあれでもつてどこへでも通る品でがすから。で別にどこへか連れて行けといふのか。ヘヘヘヘ全くもつてさようの訳ではヘヘヘヘ実は旦那こうなんですが。あの叶屋の御愛妾と、花月の女将が私の顔を見ますると、旦那をどうしたんだ、なぜお連れ申さないツて、私の存じた事か何ぞのやうに、やかましく怨じますから、それでもつてあの方角へは禁足を致しておりまするので、これで八方塞がりと申し訳になつて、どこへも顔が出せませんので……、せめて一方だけは血路を開いておきたいと存じましてヘヘヘヘヘ。いいサ何もかも大承知だ、万事は成功の上としておくから、一日も早く竹村の方へ、おれを連込む工夫をしてくれ、その上はおれの方寸にあるから。ヘヘヘヘヘまた凄い御寸法でげすな、イヤ宜しうございます、どうにか勘考致しませうと、軽井は軽く受け込みたれど、さすがの男もこれには少し手を措きゐたるを何ですネーお前さん、何をそんなにぼんやり考へ込んでるのとその夜女房の注意を受けたるが刺激となり。翌日は早々竹村の方を訪ひ、かねての口先にて、いかに工合よく君子の父に持込みけむ。さすがの昔堅気をいひほどきて、そが好める囲碁の相手といふを名に、甲田の方より訪ふべき筈の運びをつけぬ。
 これはこれは見苦しき茅屋へ御尊来を戴きまして、何とも恐れ入りまする。このたびは不思議な御縁で、不束なる娘をとの御所望、私におきましても老后の喜びこの上もなき事に存じまする。かやうな辺鄙で何の風情もござりますまいが、御ゆるりと御話を願ひまする。こ
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