な人に参観をお許しなさるのでしやうと少しく角張りかかるを花子はホホホホと軽く受けて、また君子さんのお株が始まつたよ、そんな事はどうでもよいではありませんか、それに今日来た人は、そんな筈の人ではなからうと思ひます。校長さんもたいへん丁寧にしていらつしつたし、――何でも真実学事の視察に来た人らしく思ひますよと熱心に説きかかるに、今一人の女生鈴子といふが横槍を入れ、これはこれは御弁護恐れいりまする、これには何か深い意味がございませうから、私はここに緊急動議を呈出するの必要を感じました、何と皆さんそれよりも今日の参観人に対する桜井さんの御関係の、御説明を戴きたいものではございませぬかとしかつめらしくいひ出るは代議士なんどの娘子にやあるべからむ。君子は直ぐに声に応じて、それは私も御賛成申しますよ、どうも少し恠しいのよ、サア桜井さんあなた御存知の方なんでしやう、まつ直ぐに仰しやいよ、おつしやらなければこうしますとはや二人してくすぐり[#「くすぐり」に傍点]かかるに、花子は堪へず口を開きて、マアマア御待ちなさいツてば、さう騒々しくなすつては申す事も申されませぬ。別に子細も何もないのですよ、あの方はもと私の兄の友達で兄よりはずつと前に大学を御卒業なされた文学士、甲田美郎さんといふ方ですよ、いふをもまたず鈴子のそれそれ私の申さぬ事か、やはり御存知なんでしやうとからかひかかるを君子は制し、それであなたも御存知なのと、再び談話の緒を引出されて、ハア知己《ちかづき》といふでもございませねど、兄の家へ時々いらつしやるものですから、お眼にかかつた事はありますの、ちよつと見るとにやけな風の方で、大変気取つてるやうに見へますけれど、あれでもつて大変学者ですとサ、兄なんぞはしよつちゆうさう申してますよ、一口に学士といつても、甲田さんなぞは確かに博士の価値があると、ネ、妙でしやう、ほら新聞の広告なんぞにも、文学士甲田美郎君著述ツてたくさん出てませうと次第に乗地になりかかるに、君子はニツと笑ひかけしがわざと真面目に、道理であなたにばかし、注目していらツしやると思ひましたよ。アラほんとにお人の悪い、さんざん人にいはせておいて、そんな事をおつしやるとは、――宜うございますよきっと覚へていらつしやいと、花子は額にて君子を睨《にら》め、白くなよやかなる手にて、軽く君子を打つ真似はしたれど、どこやらに嬉しさうなる
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