すつて、今一度お考へになつた上、お極めなすつたが宜しうございませうと、さすがは神経質だけに、処女には似合しからぬ考へなり。花子は君子の深切より、いひにくき事をもいひくるる志嬉しからぬにあらねども、いひ難き子細のあればにや、とかくに心落着かず、君子の詞に耳傾くる内も心はどこの空をか彷徨へるらし。

   その四

 その后花子よりは、久しく音信なかりしかば、君子はとやらむかくやらむと、心にかかりがちなりしかど、尋ね行かむもさすがにて、そのままに打過ごしに、ある日父母列座にて君子を呼び、父は殊に上機嫌にてのう君、そちもはや年頃じや。いや親の眼からは年頃と思ふが、世間では万年娘といふかも知れぬてや。おれも年月気にかからぬでもなかつたが、さて思はしいもないもので、今日まではまだそなたに聞かした事はないじやテ。ところがその何じや、家へ出入るものからのはなし継ぢやがの、その何じやテ先方の人は今度○○省の○○局長になつた人じやさうだか、年は三十五歳とやらで、非常な学者ださうだ。そしてその何じや大変大臣の気にいつとる人で、まだまだこれからの出世が非常だらふといふ事だ。おれはまだ逢つた事はないが、なるほどその名前を聞いて見れば、よく新聞にも出とる名じやテ。が先方は先づあらかた話の極まるまでは、名前は秘密にしといてくれといふ事だが、甲田美郎といふ人じやそうだ。もつともその年輩だから一度妻を貰つた事はあつたんだ、がそれは都合があつて離縁したんじやそうだ。マアそんな事はどうでもよいがその人が何じやといひてちよつと口の辺りを撫で、その何じやその是非そちを貰ひ受けたいと望んでゐるそうじやが、どうしてそちを知つてゐるのか知らん、ムムムさうか、去年学校へ参観に行つた事があつたのか、それでは知つとる筈じやテ、それなればなほ更都合がよい見合も何もいらないから、どうじや行く気があるか、よもや異存はあるまいなと、君子の父は早独りにて極めゐる様子なり。母もこれに詞を継ぎて、ネー君よもや嫌ではあるまいネー、お父さんも大変御意に召した様子だし、私も誠に願はしい縁だと思ふんだから。御返事がしにくければそれでよい、だまつてゐても事は分かるよネホホホとこれはまた呑込み過ぎたり。君子は最初より父の話のふしぶし一々に胸に当りて、もしや花子のいへる人と、同じ人にはあらざるやと危ぶみぬ。されど何故にや花子はその姓名は告げさり
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