挨拶に出ませうから。さう、でもお母アさんにいらしつて戴いては恐れいりますから、私から御挨拶に出ませう――実はおツ母アさんのいらつしやらない方がいいのよ。何ですネーたいへん遠慮していらつしやるかと思へば、そんな無遠慮な事をいつたりして、じやア母にさう申して来ないやうに致しませう、さアいらつしやいまし、と先に立つ君子に花子は追すがりて、おつしやつては困りますよ。なアに真実に申しますものかねと二人は笑ひながら出で行きぬ。
 やがて母への挨拶も済みたりと覚しく再び君子の部屋へ戻りて、花子は何かしばらく君子に囁きゐたりしが、その末詞に力を入れて、ネー君子さん、ただ今申し上げた通りの次第ですから、私も兄の申す通り、その方へ参りませうにと存じますのと、拠なげにいふ花子の顔を眺めて、君子は少し眉顰ませ、だがちよいとお待ちなさいよ。なるほど承つて見れば御名望もおありなさるし、お身柄も宜しいとの事ですから、お父さんやおツ母さんがいらつしやる上、お姉いさんや妹さんのいらつしやる事も、それはまア宜しいとして、どうもその一旦奥様がお在りなすつた方だといふのが私は気にかかりますよ。それはお死別れですか、生別れですか、生別れならばどういふ都合で御離縁になつたといふ事、その辺は御如才なく御聞きなすつたのとさすが年上だけに念を押すを、花子は事もなげに受けて、ハアそれは承りましたよ、もつとも人の噂ですがト、何でもその何ですとネー、その前の奥様といふのが、非常な嫉妬深い方で、ちよつとよそで寝泊りなすつても、大変やかましくおつしやつたり、小間使の美しいのをお置きなすつても、気にかけたりして、始終そんな事の喧嘩ばかししていらつしつたさうで、それがあまりおもしろくないので、こちらはだんだんお遊びなさる、奥様はますますやかましくおつしやる。そんなこんなでお家へお帰りなさるのが厭なものだから、外へ一軒家をお持ちなすつて、留守居を入れてお置きなすつたのを、それを妾宅だとまた奥様が気を廻して、とかくいざこざが絶へなかつたので、奉公人の手前も不躰裁だからツて、全躰に気に入らないお嫁さんなもんですから、親御が御離縁をお勧めなさつたのださうです。何のあなた男の事ですもの、ちつとやそつと遊んだつても、自分さへ捨てられなきアいいでしやう、それをあンまりやかましくいふなんざアという顔眺めて君子は考へ、さアそこが考へどころなんです
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