数行の殺伐文字は掲げられぬ。
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昨夜九時頃、――において、朝野渡氏を、車上に要撃したるものあり。電光一閃氏が頭上に加はりしも早速の働き、短銃《ピストル》を連発せしにより。曲者はその目的を達し得ずたちまちに踪跡を晦《くらま》したり。車夫の言によれば、壮士躰の男にて、面貌頗る、国野為也氏方の書生、大村某といへるものに彷彿たりと。なほ後報を竢つて記すべし。
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 国野先生は、この新聞を手にして、呆然自失したまふところへ。令嬢の梅子殿、顔色かえて入り来り。
『お父様、大村の事が新聞に出てゐるさうでございますね。昨日の朝、あれがでまする時、私にこの一封を渡しまして。二三日の内私の事が新聞に出ました時、これを先生にあげて下さい。それまでは決して貴嬢《あなた》の手を離さず、大事に保存しておいて下さいと。頼みましたもんですから』
と、差し出すに、さてはとうなづきて披《ひら》き見れば。
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かつて聞く、士に貴ぶところのものは気節なり、気節なきは士にあらず。今や時勢滔々奢侈に流れ、人心華美を衒《てら》ふ。ここにおいてか天下の士、気節の貴ぶべき
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