はいつも見る顔だが、一躰何の事件で来てゐるのだ。よく感心にたびたび遣つて来るの』
君と呼ばれたる少年は、年の頃十五六、小柄なれば七位にもや。浅黒き顔に黒木綿の羽織、麁末なる身装《みごしらえ》ながら、どこやら冒しがたき威風ありげに見ゆるも、眼光の人を射ればか。じろりと弁護士が前半面を見下して
『はあ、父が来てゐるのです』
『ふむ、未決か、既決か』
『既決といふ外はありません、昨日確定裁判を下されたのですから。それがどうしたです』
妙に人に喰つてかかりさうなる気色を、弁護士殿は、微笑をもて迎へながら。
『ふむ、さうか、それはいけなかつたな。一躰どういふ、罪名を付せられたのだな』
少年は猪飼への答といふよりも、むしろ己が感慨に迫られて、我知らず口を開き。
『そ、それが実に間違つとるんです。全躰は人の委託金ですが、使用の特権をその所有者から許されてゐたんです。だから良し費消したところで、民事の制裁を受くべきものであるに、彼奴《きやつ》為にするところあつて、突然と予審廷へ告訴したんです。しかるにもとより懇意な間柄であるから、合意といふ証左が、父の手許に取つてない。為にとうとう委託物費消とい
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