書冊にのみ親しみて、己が前途にのみ急ぐを。同門の書生といふよりは、壮士輩の嘲りて、
『おい大村、また書物と首ツ引かひ。よせよせそんな馬鹿な真似は。今からゑんやらやつと漕付けたところで何だい。仕入の弁護士か、志願して、判事に登用されたところで、奏任の最下級じやないか。先生の幕下に属しながら、そんな小さな胆玉でどうなるか。せめて政談演説の、下稽古でもやつてみろい。舌三寸で天下を、動かす事が出来るんだ。僕なんぞは書物といつたら、いつから見ないか知れやしない。それでも政党内閣の代になつて、先生が外務大臣にでもなりや、僕はさしづめ英仏の、公使位には登用されるんだ、その内にやあまたたびたび交迭があつて、いつかは内閣の椅子も、譲られうといふもんだ。君もせつかく書物が好きなら、せめて国際法でも調べておいて、秘書官位にや遣つて貰ふやうにするがいい。ハハハハ』
と面搆へだけは先生に譲らぬ、虎髯撫で下ろして冷笑するは。この家に古参の壮士の都督殿なり。
 小田はさすが忠実に、
『君実に悪い事はいはなひから、少しは周囲の、光景といふ事に気を注けてくれたまへ。先生がかうたくさんに書生を置いとくのは、何も門下から学
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