さあれ一応二応の、敗れには屈せぬ一郎、なほも数年の鉄案を、確かむる大敵ござんなれと。冷えし眼《まなこ》に水せき込みて、覗へば覗ふほど。我に利なきの戦いは、持長守久の外なしと。疑ひの臍《ほぞ》さし堅めて、手を拱《こまね》き眼をつぶ[#「つぶ」に傍点]りたる一郎の。果ては魔力かよしさらば、彼いかんに人情の奥を究め、人心の弱点に投じて、かくも巧みに人を籠絡するとても、我こそはその化けの皮、引剥いてくれむづと。ここにも思ひを潜めたれど、先生は居常平々淡々、方畧も術数も、影の捉ふべきものだになき、無味一様の研究に倦みて。幾十日の后不満ながらも、得たる成績取調べしに。その魔力ぞと思しきは、無私公平、己れを捨てて他を愛する、高潔の思想に外ならざりき。ここに至りて頓悟したる一郎、よしこれとても最巧の、利己てふものにあらばあれ。その名正しくその事美なり、我この人に師事せざるべからずと。それよりはその始め、一種異様の、強項漢なりし一郎の、変れば変る変りかた、為也が前には骨なく我なく、ただこれ感激てふ熱血の通ふ、一塊肉と、なり果てしぞ、不可思議なる。
 それよりは一郎、人の平和に暇の出来、一意専念法律の、
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