と思ふのは、大いなる浅見ではないか。故に予はむしろこの小さき、否愚かしき、真個憫むべき人間を捉へて、罪人といふのに忍びぬのである。』
と、さすがに職業柄だけに、市ヶ谷監獄署面会人控所にて、大気焔を吐きたまふは、この頃某県より東京へ転貫の、猪飼弁三《イカイベンゾウ》といふ弁護士殿なり。地方は知らず、東京では、あまり新しき御議論でもなけれど、場所が面会人控所だけに、打集へる人々、いづれも多少監獄内に縁故ある身とて、そぞろ同情の想ひに動かされ、それ位の事と思ふ人も、実《げ》にもつともと頭を垂るるほどの仕儀、ましてぽつと[#「ぽつと」に傍点]出の田舎親爺、伜の不所存ゆゑ、こんなおつか[#「おつか」に傍点]ない処へ来ねばなんねえと、正直を看板の赤毛布《あかげつと》に包まれたる連中などは、いづれもあつ[#「あつ」に傍点]と感じ入り、今更のやうに弁護士殿のお顔打仰ぎ、一躰何ていえお人だんべいと連れの男に囁く、ここ大当りの光景に、猪飼先生いよいよ反身になりたまひ、傍《かたえ》に苦笑する二三の人あるにも心注かず。かつて覚えの政談演説に、国許でやんや[#「やんや」に傍点]といはせたる時の事など、咄嗟の間に
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