ツちやがな、お前はいつも、わしがいひ付けといても、わしの留守には出て見てくれぬさかいいかん。これから行くと、なんぼ急いでも帰りは夕方になるやろさかい、昼飯はわしの留守に喰う事になる。さうすると皆ンなが、ここを先途と喰ふさかい、いつもいふ通りその時だけは台所へ出て、火鉢の傍で見張つててくれ。それも男の方はなるべくその顔を見ぬやうにして、手を見てゐればよい。それでも勘定は分るさかい、女子の方は構はせん、充分顔を見ててやれ。さうするとあんなもんでもちつとは遠慮して、四杯のとこは三杯で済ますといふもんぢや。男の方はしよこと[#「しよこと」に傍点]がない、手だけで勘忍してやるのやけどなハ……
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 高く笑ひてまた小声になり、
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 さうするとまア一人前に一杯づつは違てくるといふもんじや。一杯づつ違ふとして見ると、コーツとなんぼになる知らん。
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 首をひねりてちよつと考へ、
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 まア男が十人で女が三人そこへ丁稚の長吉やがな……
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 いひかけてまた考へ、ポンと膝を叩きて、
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 ええわ、子供の割にはよう喰ひよるさかい、こいつも一人前に見といてやろ、さうするとコーツとなあ。……
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 次第に左の手の指を折りたるを、妻の面前にさし出して、それと七分三分にその顔を眺め、
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 そやろがな、これで十四人じや、そうするとどれだけになる知らん。
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 得意らしくうつむきて勘定にかかり、たちまちに胸算は出来たりと見えて、しきりに自ら感歎し、
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 えらいものなア。ちよつとこれで一遍に四合六勺あまりは違ふさかいな。
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 振り向きて肩後《うしろ》に扣《ひか》へし張箪笥の上より、庄太郎の為には、六韜三略虎の巻たる算盤、うやうやしく取上げて、膝の上に置き、上の桁をカラカラツと一文字に弾きて、エヘント咳払ひ、ちよつとこれを下に置きて、あたかも説明委員といふ見得になり、
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 まあそれざつと三杯を一合と見いな、もつとも家の茶碗は小さうしてあるけど、みんながてんこ[#「てんこ」に傍点]盛りに盛りよるさかいな、そこで、
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とまた算
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