談判で、曖昧の局を結んだ方が、どうやら身腹の痛まぬ訳と、そこは手練の好文句、山鳥の尾のながながしき手紙でのお呼び出しも、懲りずまに二度三度。懲りてはをつても連添ひし人の、かくまで仰せらるるものをと。奥様もお腹立の癒ゆるにつけて未練よりは、自惚の手伝ひて、我知らすお出向きの、談判はどこへやら。機先を制する旦那の上手。かねて欲ししとお話ありし、紋絽の丸帯、縮緬の浴衣、改めてお約束の、指環までも取添へて、いはねど悟れ、これ程の心尽くし、見捨てる我に出来やうかと。鰕で鯛釣るにこにこ顔、熔けるやうに笑はれては奥様ももともとまんざらではなき夫婦中。証書さへ握つてをればと早速の分別。あれはあの代言が、勧めたのでござんする。私は離縁の望みよりも、あなたのお浮気が止めさせましたさ。それなればいふまでもない事、なほ一二年、添ふて見た上の了簡にせよと、お仲直りの御相談。たちまちに大磯へ避暑のお思ひ立。明日ともいはずすぐさまに、新橋よりの御同乗。跡に母御が口あんくり、小言も急にはいひ出さね、その手持不沙汰加減よりも、気の毒は、弁護士二人の、身の上にぞ止めける。(『女学雑誌』一八九七年八月一〇日)



底本:「紫琴全集 全一巻」草土文化
   1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
初出:「女学雑誌」
   1897(明治30)年7月25日、8月10日
※底本では、文末の日付に添えて『女学雑誌』を示す記号として「*」を用いていますが、『女学雑誌』に直しました。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2004年9月20日作成
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