て御苦労させますもとと。思ひ返してそれよりは内職の手伝ひするを身の栄に、学校へはゆかずなりしを。母様の訝しみたまひて、よしなき心遣ひはせずもあれ、吹き荒《すさ》みてし家の風、起こす心はなきかと。涙ながらに諭したまふ御言の葉にも、つゆ随はぬを孝と思ひしは、これも我から不幸を招くの基なりき。
されどその頃の我は、これを何よりの事と思ひて、十六といふまではかくして過ぎしに、実《げ》にも時は金なりといへる世の諺に違はず。母子しての稼ぎに暮し向こそ以前に変はらね、些《すこ》しながら貯へも出来しを、かねて贔負に思ひくれたる差配の太助どの殊勝がり。その人の心添にて、表向き下宿屋といふまでこそなけれ、内職の片手間に、一人二人の書生さんを宿してはと。その差配地に恰好の家ありしを、貸与へくれたれば、さはとて母様のそを試みさせたまひしは。癢《かゆ》き処へ手の届く、都の如才内儀の世話程にこそなけれ、田舎気質の律義なるに評判売れて、次第に客の数も殖ゑ。いつしか下宿屋専業とはなりて、おひおひ広やかなる方に引移りたまひたれば。我十八の秋の頃には神田猿楽町にて秋野屋といへば、名ある下宿屋の一ツに、数へらるるまでにな
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