での浮薄漢とは思はざりしに、存分彼の腸《はらわた》は腐りゐぬ。今は何等の方法もて彼に臨まむも、彼が昏酔したる脳裏には、何等の反響をも起こさぬなるべし。思へ世には巾着の黄金を利用して、身を立つるを、何よりの栄誉と心得る一種の無腸漢あるを。彼も恐らくその一人たるを免れざらむ。さはいへ彼とても初めより、そを予期せしには非ざるべけれど、彼が君子然たる相貌《かほだち》の、計らず婦人の嗜好に投ぜしより、その境遇上自然さる傾きを助長し来りしならむ。されば今の細君とても、やがてその黄金の尽きなむ時は、彼との赤縄《えにし》絶ゆる時なるべし。聞くが如くんば去年その舅の世に在らずなりてよりは、既に一方ならぬ冷遇を与へ、今はそなたに劣らぬもの思ひさするなりとか。よしそれとても一点の功名心に駆られたる内はまだしもなれど、今はそのかつて利用せむと試みし黄金に蕩《とろ》かされて、功名の前途をさへに見失ひしと覚し。思へば彼も可憐の男よ、かくまでに堕落すべしとは、彼自身だに予想せざりし事なるべければ……それもこれも彼の道念の欠乏と、意志の弱きに帰着するなれば、今はた浮薄の跡を数へ立てて、咎むるだけの価値はなし。されど我
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