たまふも訝しく、我はいよいよその事聞きたうなりて、果ては隔てあるお心よと怨ぜしに。方様始めてうなづかせたまひて、さらば懺悔のためいふて退けむ。かならずかならず我を二心あるものとな思ひぞとて。さていひにくげにいひ出でたまひけるは、我が勤むる会社の社長増田といふは、人も知りたる紳商なるが。今日しも我をその娘の聟にとの他事なき望み、承諾さへなしくれなば、婚姻は別に急ぎもせじ。望みとあらば大学へも入れてやらむ、洋行も心のままとの事。我はさらさら仮にだもその人の聟となる心とてはなけれど、その他の事は渡りに舟。学資を釣出す苦肉の一策、あるはしばらくその詞に従ひて、約束だけの聟となり。天晴れ修業したる上は、学術はこつちのもの。その時違約したりとて、取返しに来らるるものでなしと。ふと心に浮かみしなれど、もし万一にも我が心の潔白を、そなたの疑はば何とせむ。よし疑はぬまでも、しばしだもそなたにもの思はするは我の忍びぬところ。聞けばその娘といふは、殊の外の不器量ものにて、確かにそれだけの埋め合はせになる代物とやら。いやそんな事はどうでもよい、どうで実行する事でないからと。からからと笑ひたまへど、我が廻り気が
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