そこここ頼みありきたまひしが、二月ほどありて小石川なる、ある製薬会社に、出勤したまふ事となりぬ。
ここにひとまづ方様のお身も納まりたれば、母様は我との盃急ぎたまへど。浅木様はいつも程よく宥《なだ》めたまへて、まだまだ我は、これで果てむと思ふ身ではなし。折あらば今一際の勉強して、せめては医学士の、学位だけにても得たしと思ふなれば、今しばらくこのままに在らせて貰ひたし。さあれ式こそ挙げね、幸殿は我が最愛の妻、そもじは我が大恩ある母御と我は疾くより心に錠は卸しぬ。そこはどこまでも安心して貰ひたくも、知らるる通り我は大学の入門にも外れし身なるを。口惜しとも思はで早くも妻を迎へとり、瓦となりても完《まつた》きを望む、彼が望みの卑しさよと、旧き友等に嘲られむが心外なれば、何分にも我が心の済むまでは、今しばらく内分にと、いはるる詞も無理ならねば。母様はともかくもとて、嬉しくそのお詞に任せたまひぬ。
その内方様下宿や住居にては、世間体も悪しければ、ともかく家だけは持ちてみむといひ出でたまへしを。母様いたく喜びたまひて、幸ひ近き今川小路に、相応《ふさは》しき家ありしを。これも母様の店請《たなうけ》と
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