お名を誇らばやなど、心構へし折も折。月かくす雲花散らす風は、世に免れぬ例かや、浅木様の母御俄に御国もとにて、身まかりたまひしとの訃音《しらせ》に、一度は帰りたまはではかなはぬ事となりにしぞ。娘心のあとやさき、飽かぬ別れを惜しむ間も、ないてばつかりゐる事かと母様の、甲斐甲斐しく我を促し立ちたまひて。じみ[#「じみ」に傍点]なる着ものを俄の詮索、見苦しからず調《ととの》へていざとばかりその夕ぐれに浅木様を、出立《たた》せましたまひたる後は。母子交はる交はるそなたの空をながめ暮せしに、三日おきて浅木様の方より、母様宛に、いと重やかなるお手紙来りぬ。
我は母様読みたまふ内ももどかしく、いかなる事をかとそぞろに心悩ませしに。やがて母様はホと大息《といき》吐かせたまひて、力なき御手にそと我が前へ投げやりたまふにぞ。我はいとど胸騒立てど、これもその人のと思へば、何とやらむ面はゆく口の内に読みもてゆくに。あはれなる事に書き続けたまひたる末、かくも母が年頃の瘠我慢、我に後顧《うしろみ》の患《うれ》ひあらせじとて、さまざまなる融通にその場を凌ぎたまひし結果。思はぬ方に借財のありて、我はゆくりなくも今やそ
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