れば。かかるお方に身を任すも、孝の一ツと思ひしと、いふは心の表のみ。裏はさらでも憎からず、思へる人をといひたまふ、母様のお詞真ぞ嬉しく。勿体なけれどほんに粋な母様と、朝夕心に拝む数も、これに一ツを増したるは、後の歎きの種子ぞとも、知らぬ昔の悔しさよ。
かかりしほどに、われはひとしおその人の事気にかかりて、ともすれば母様の思したまはむ程をも忘れて。あれ母様浅木様のお袴が、あんまり汚れてみつともない、一ツ拵へてお上げなされてはと、思はず口走りて母様に笑はれたる事もあり。外の客より貰ひ溜めたるものにても、ハンケチ巻紙、その他何にても、男の用に立ちさうなものは、母様にも隠して、幸《こう》よりと記し、そとその人の机の辺りに置くを何よりの楽しみに。それといはねど母子《おやこ》して、心を配るその様子を、気早き人達の早くも見てとりてや。我にいやらしき事いひたる覚へある人などは、あて付けがましく、向ふの下宿やへ移りて。我とその人の、あらぬうき名を謡ふもあれば、わざと下宿料滞らせて、我も浅木並にしてほしし、かつは娘を添えものになど、聞くもうたてき事いひはやすを、母様いたく気遣ひたまひて。あるひはそれとな
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