は最後の友情として、彼が猛省を促さむが為に、断然絶交を宣言し来りたれば媒妁役の責任は、これでひとまづ終局を告げさせて貰ひたし。ついでに我をして忌憚なくいはしめむには、彼が如き男子を、いつまでも慕ふはそなたの幸福でなし。眉目一番彼の今日を考察しなば、恐らく彼を断念するにおいて、さまでの困難をも覚えざるならむ。さはいへこれは我の強ゆべき事でなし、そなたの心任せなれど、我はただ参考までにいひ置くなり。よしその事はいづれにもあれ、我はあくまでそなたの身を保護せむに、心置きなく養生せよと、ねむごろに諭したまひて出で行きたまひたる後は、世の嫌ひ招かむもうるさしとて、稀にならではおとづれたまはねど、我はその人のあつきお心添に、今日までもをしからぬ身を大事がられて朝夕を老媼に世話さるるなれど、さばかり方様を煩はしまつらむが心苦しさに、いくどか力なき身を起こさむとせしを、方様の固く留めたまひて、曩《さき》の日うやうやしく天の一方を指したまひ。厳かに宣ふやう我にさる心遣ひはゐらぬ事ぞ、それよりもかしこにそなたの救主《たすけぬし》は居ませり。我はただその御旨に従ふ僕のみと、始めて一部の書冊懐にとりたまひて、残し置きたまへしを、我はいつしか友とも師とも仰ぎ見つ。今はこれに心の煩ひも跡なく拭ひ去られたれど、さすがに大名縞の頃の、浅木様のみは忘られかねて、今はよしその人としも思はれぬ方様にあれ、せめてはこの書《ふみ》見せまして、もとの浅木様に立帰らせましたしとの願ひ、ともすれば起こるを、あながち清き心よりの望みとのみ思はれぬ一ツぞ今はの憾みなる……。(『文芸倶楽部』一八九七年五月)



底本:「紫琴全集 全一巻」草土文化
   1983(昭和58)年5月10日第1刷発行
初出:「文芸倶楽部」
   1897(明治30)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:松永正敏
2004年9月20日作成
2005年10月31日修正
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