々にお前も頼め、おれもいふ。素直に出立てくれるのが、これお清坊、孝行といふものじやと。嘉平がその身に引受けて、先に立つたる出拵え。太一もさすが見ぬ振りに、見送る眼、はつたりと、見返る顔に出逢ふては。なう悲しやの一雫、道の泥濘《ぬかり》も帰るさは、恋しき土地の記念《かたみ》かと。とかくは背後《うしろ》へひかるる跡を、心深くも印せしなるべし。
幾日もなく、今尾大臣辞職の飛報は、世人の耳を驚かしぬ。そは今尾夫人が、新平の出身、世に隠れなきと同時に。さる身をもつて、畏き辺りに、拝謁の栄を辞しまつらざりしは、いかにもいかにも恐れ多き事なりとの。至つて至つて小児《こども》らしき感情問題をもつて、敵党の乗ずるところあらむとせしを。時の総理は一笑に付し去りて顧みざりしも。今尾大臣は、これに対して、大いに悟るところあり。文明の器に盛るに、蛮野の心もて、争奪を事とせる渦中に投じ、生涯を空しき声に終はらむそれよりも。人は女々しと笑はば笑へ、人道の為、しばらく身を教育事業に転じつつ、おもむろに時機を待つべしとて。あらゆる資産と共に、身を北海道に移しけるも。稚きより境遇が生む自棄の子の、あはれ全国そこここに
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