のないこの身体。親も別に拵らえて、河井といふ名の出ぬやうにしてあるからは、すつぱりと役済みのこの親爺。親とはいはぬ親ながら、近所に居るはそなたの妨げ。どふぞ世間の人の眼も、耳も届かぬ処へと、思へば急に故郷の懐かしさはまた格別。乞食の三日が忘られぬ人の情《こころ》の不思議さは、そなたを此村《ここ》に置くまいと、他国に苦労したおれが。自分ばかりはこの村の土となりたさ、多からぬ余命を隠れて住むつもりが。頭隠して尻隠さぬ、不念が基因《もと》のこの失策《しくじり》を、何とそなたに謝罪《あやま》らう。かうと知つたら、かねてより、身の素性をばそなたにも打明けておいたなら、その心得もあつたもの。知らせては一生を、心に咎めて暮さうかと、生中の可愛さを、残しておいたが、失策の種子となつたか残念や。もうこの上は詮方がない。たとへ嘉平はいはずとも、物事万事小細工に、包めるものと思ふたは、おれの誤り、どこぞから、世間へぱつとしてからは、聟殿がなほ気の毒。親爺一人は怨まれまい。父娘二人が同腹で、これまで乃公を欺したかと、痛まぬ腹を探られては、この后のそなたが心も済むまい。思ひ切つて今の間に、そつと離縁を取つて来い
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