えどころもない行衛。何でも高利の貸仆れに、我も仆れて、逃げたが定か。それともにも、今尾様から、こつそりどこぞに、貢いででも居らるる事か。噂はさまざま、先こそ知れね、隠居所が確かにあると、申す事でござんする。でも区役所は、失踪と相場も極まつて、表向き、通路の出来ぬ、親持つほどの御身分を、お忘れなされた僣上沙汰。栄耀の餅の皮は、あのくつきりと美麗しいお顔に粘《へば》り付いたやら。千枚張の鉄面《あつかま》しい、お鬱ぎ顔が分らぬと、女中達まで、とりとりの噂は聞いてゐましたが。主人の口から申させれば、まさかさうでもあるまいがと、今に未練の冒頭《まへおき》を、残してゐるだけ、憎らしうござんする。ほほほま際どいところで、やきやきとあそばすだけ、あなたはまだもお畳の新しいと申すもの。私なぞは、土足のままに踏み暴《あら》さるる板場の扱ひ、嫉妬《やく》なとはさておいて、うつかりすれば、今の間も、この身躰が焚きものに、つぶ[#「つぶ」に傍点]されでもせぬ事かと、腹が立つそのたび毎、羨ましい種子にもしました、あの奥様の御身分も、今の委しいお話では、あんまりどつといたしませぬ。それではやつぱり御見込通り、どれ程旦那が出世をしても、まだまだといふ顔を、世間へ見せて、内実の喜びは隠しておく、これが上品高尚と思ひ違えた成上がりの、根性でござんせう。そこを思へば、叱られても、不自由な世帯に縮んでゐる、女子はまだも世間から、目指されぬのを徳にして、じつと忍耐《しんぼう》致しませう。ほほ、御忍耐がどんなものやら、あてにはならぬあなた様のも、旦那の方からお勤めを、羨んでゐるものが、ちつとは世間にござんする。あらまお人の悪い、それならさうと致しましよう。でも私は主人にばかし、勤めさせは致しませぬ。私からも二倍だけ。はいはいそれでたくさんでござりまする。ただし旦那の御歳費が、二千円の翌日から格別の御待遇ではござんせぬか。ゑゑもさう内輪から、火を出すものではござんせぬ。それもこれもお互いに、岡目ならば知らぬ事。その身になれば、よしこれが殖えたところで、家内の手へ、落ちるものではござんせぬ。新橋や柳橋へ安心して流すだけ、山の神の祠は破損と申すもの。川上へ潤ひが廻るほどなら、八百でも世帯は立派に固めまする。そこを思へばいよいよもつて、お気の毒なは今尾様、歳費をあてになされぬほどの、御|財産《しんしよ》もある上に、浮
前へ 次へ
全21ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング