不運違ふものかと、不美貌《ぶきりよう》に生まれた身躰の親をまで、つくづくと怨みまする。それは私も同じ事、したがお聞きあそばせや。満つれば欠くる鼻位、低いところで不具ではなし。人をのろはぬ証拠の穴、二ツ揃ふてゐるからは、それでも鼻を、よも人が穴とばかりは申すまい。それがむつくり小高うて、栄耀に凝つた細工もの、手で拵らえたか何ぞのやうに、器用に出来たその尖頭《さき》には、得てして、天狗が引掛り、果ては世上の笑柄《わらひもの》、美貌《きりよう》が仇でござんする。近い例《ためし》は今尾の奥様、押出しはよし、容貌《きりよう》はよし、御教育もあるとやら。やらやら尽くしで殿達は、近来の大騒ぎ。何でもあんな細君《おくさん》をと、独身《ひとり》ものはなほの事。私といふものある前で、主人《やど》までが品評め。お前なんぞはそちらの隅にと、いはぬばかりの誉め方を、致した事もござんすが。誉れは、結句譏りの基因《もと》。気になるからの詮索を、どなたがなさつたものじややら。今は知らぬものもない、お里方の根を洗へば、梢に咲いた花ばかり、美麗しう見えたとて、これもひよんなものじやのと。手に取れぬだけ、皆様が、思ひ切つての悪口を、主人の口から聞いた時、それ見た事かと、可笑《をかし》さを、わざとこちから誉め返し、誉めた口からいはせたは、浮気男によい懲らしめでござんする。ほほほまお人の悪い、してその悪口と仰しやるは。さ、その事でござんする。あの奥様のお里といふは、秋田様とは表向き、世間を繕らふ仮の親、真実《まこと》は高利も、わづかな資本《もとで》の金貸業。それも父御は独りもの、偏屈か、ただしまた廻らぬ世帯の窮屈か。婢も置かぬ男手に、御飯も炊けば、金も貸す。かすかすの利息をば、あの人に入れ揚げて、何とやらいふ女学校へ、稚い時から預け切り、廿歳の時に卒業を、そのまま其校《そこ》に、教師三昧せられたも、思へば硝子の窓入娘、透き徹るほど美麗しい、容貌の置き場が置き場ゆゑ。くるくる巻の束髪には、惜しい姿と、今尾様、どこを廻つた手蔓やら。秋田様の嬢様とて、御婚礼のその時は、なるほど立派でござんした。おほかたそれも拵え取りの、金に飽かした衣裳なり、人形もさすが、あれほどの、御|人品《ひとがら》ゆゑその当座は、あつと人眼を眩ませた、それまではよかつたが。実父は間もなくどこへやら、引越しといふ噂も、底を探れば、逃水の、捉ま
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