は、お忙しさをよそに見て、一人寝て待つ果報の数々。別してもこの節は、いづかたからも、あなた様のお寿、私までの面目は、勿体ない程でござりまする。でも不似合なこの身体を、どうしたものといひかけて、はつと口籠るその様子に、さてはと春衛は空とぼけ。はての、奇体な事を聞くものだの。不似合とは、何が不似合といふのかの。年齢は、乃公に十歳劣りが、今始まつたといふではなし。この髯面に、美人を配した不釣合、それを今更いふでもなからう。あ、分つた、さては乃公の入閣を、官位望みと、思ひ違えた心から、人爵には感心せぬ、妻に似合はぬ夫よと、歎いてくれるか。あさても、今尾春衛は妻にまで、疑はるる身となつたかと。わざと額に手を加え、ひそかに清子を見遣れるも、なほ奥深き一物を、探らむものと思へるなり。清子は夫の詞のはしはし、いはで砕ける心をも、角々しき生利きぞと、思召されむそれよりは、思ふ心のいくばくを、ほのめかしても見むものと。またしてもその様に、思ひもせぬ事、お調戯《からか》ひあそばすゆゑ、真実の事を申しまする。釣合はぬと申したは、御名誉のあなた様に、私如き不束《ふつつか》もの。それも紳商の娘とか、申すならば格別と、人も沈黙《だま》つておりますれど。殿方よりは夫人《おくがた》の、身分|貴《たか》いが流行りまする、当節柄の人気には、秋田様が真実の里方でない事を、人も知つて、とやかくの噂を致してゐるとやら。うるさい事と思ふにつけ、身の不束が数えられ、これより後のお名折になるまいものかと、何とやら、すまぬ心が致しますると、幽《かす》かにいふを打消して。ははは馬鹿な、そなたの事なら今少し、理屈立つた心配かと、思ひの外の拍子抜け。そなたはいつの間、どうした事で、さうまで主義が替はりしぞ。譬喩《たとへ》に引くも異なものなれど、いはゆる明治の元老が、どの様な夫人を持つて、それがいかに社会から、好遇されてゐるかを知らぬ、田舎ものの、寐言ならば、いざ知らず。都会に育つて、見聞も狭からず。その上天爵人爵の、差別も知つたそなたとしては、あまりなる、激語ではあるまいか。ましてこの乃公は、不肖ながらも、富貴利達を、目的とする、鄙劣漢《ひれつかん》ではないつもり。良し経綸を施す上から、一時止むなく、入閣はしたところで。それは世俗のいはゆる出世で、乃公が出世といふものか。無位無官でも春衛は、春衛。生涯を平民主義に献身せる、
前へ 次へ
全21ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
清水 紫琴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング