お前は知つてでござんすまい。そりやもう私が別れてから、よい慰みが出来たであろ。たまたま逢ふた、この私を、斬るの、はつるといふてじやもの。それが分らふ筈がない。さあ斬らんせ、殺して下され。おおかたどこぞの可愛い人に、去つた女房の私でも。生かしておいたら、何ぞの拍子。邪魔になるまいものでもないと、いはれさんした心中立に、私を斬るのでござんせう。さうならさうと有り体に、いふてくれたらよいものを。私にばかり難僻付けて。手引をしやうといふものを。まだ疑ふてならぬといふ、お前は鬼か蛇でござんしよ。さうと知つても、この私は、顔見りや、やつぱり憎うはない、こんな心になつたのも、思へば天の罰であろ。さあ斬つて下され、殺して下され。罰が当つて死ぬると思へば、これで成仏出来まする』南無阿弥陀仏と合はす掌《て》の、嘘か真実を試さむと。やつと声掛け、斬る真似しても。びくとも動かぬその身体は。お門違ひの義理の枷、なつても、ならぬ恋ゆゑに、身を捨鉢の破れてゆく、覚悟としらぬ助三が『心底見えた』と、手を取つて、頼む、喜ぶ顔見ては。さすが欺すも気の毒ながら、いづれ私も死にますると、心の詫びがさす素振。虚偽《うそ》では出
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