事、教へておいて下さんした。知らずばともかく、知りつつも、横道へは外れられまい。この一ツでは、私が負ける。あんな奥様勝たして置くが、どうでも私の道かいなと、袂を噛んで泣き沈む。背後の障子の、すらりと開くに。ゑゑまたしても物騒な。誰ぞと見れば、澄なり。嬉しや旦那の御越か。今日は万事を御意のまま、さうさへすれば敵が取れると。胸の痞《つか》えはおろしても、またさしかかる思ひの種子。かうした様に、こんな身が。おお怖わや、恐ろしや、もうもう重ねては思ふまいと。我と我が、心を叱つてうつむく顔『また何ぞ心配か。かうして乃公が出て来るが、気に障つての事なれば、詮方がないが、その外の、苦労は何なりいふがよい。一人で思ふは、身体の毒。乃公も大きに悟つたゆゑ、昨日からの飲み続け。今日は気分が好くなつた。そちにも、少し、裾分けの、品は、何であらふと思ふ。あてて見やれ』と。小《ささ》やかなる、箱取出して手に渡すを。どふやら指輪と受けかぬるに。わざと不興の舌打ちして『そちはそれゆゑ、誠に困る。同じ媼が育てても、乃公は仕入に出来て居る。そちばかりが時代では、乃公に対して不義理であろ。四角張つた挨拶は、もう止せ止せ』
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