》かく怒りの声きこへては、下女などが目を醒まし誤つて夫の帰りの遅きをば、私がとやかく言ひ争ふなど思はれましては、実に不面目極まる事と思ひましたが、それを申し出せばなほさら小言《つぶや》かるることと、ぬれ紙にでもさはる様に、あなたの御無理はごもつともとひたすらに謝りゐり、どうやらこふやら、睡りに就いて貰ふ事はたびたびでござりました。かかるたび毎に、私は、学校に在つた時の事など思ひ出しまして、我が同級のもつとも仲|善《よ》かりし某姉《ぼうし》も、まだ独身であるものを、誰某《なにがし》もまた今は学校に奉職せられしと聞くに、妾《わらは》のみはなど心弱くも嫁入りして、かかる憂き目を受くる事かと、不覚の涙に暮れたる事もありました。
 父はその頃遠方へ行き、里には母のみ残つておりました。母はさすがに女親とて、これらの事の察しも早く、私がたまさか里へ帰りますたびに、どふやらそなたは、近頃顔色も悪ひ様だし、たいそう痩せた様だな、なにか心配でもあるのではないか、お父さんがこちらにゐらつしやれば、どうとも御相談の申し様もあるけれども、女親の私では申したところが仕方もあるまい、まあまあとにかく、お前の身を大事
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