環は、実に私の為の大恩人なので、それはまた何故かと申せば、この指環が、私に幾多の苦と歎《なげ》きとを与へてくれましたお蔭で、どうやらかうやら、私は一人前の人間にならねばならぬという奮発心を起こしましたからの事で。ですから、この指環は、いつも私の志気を鼓舞し、勇気を増すの媒《なかだち》となりまして、私の為にはこの上もなき励まし手なのでございます。……、人から御覧なされば、たいそう見苦しいようでござりませうが、私にとつては、実に千万金にも替へ難い宝で、真《まこと》に私に似つかわしき品なのでございます。あなたはまだ、私の委《くわ》しい経歴は御存じないでしやうが。私の身の上は、実にこのこわれ指環によく似てゐるのでござります。この指環と共に、種々《いろいろ》の批難攻撃を人から受けますが、心あつてこわした指環、なんのそれしきの事はかねての覚悟でござりますもの、別に心にも止めませんが、ある時はこの指環を見て、ああ妾《わらは》と共に憐《あわ》れなる指環よと、不覚の涙に暮るる事もあるのです。けれども、また心をとり直して、人はいざ、神は私の心を知ろし召してくださいますから、と思ふて、自ら慰めております。あ
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