《もや》でいぶしをかけられたような七月の日光は、そのわびしい小さな部屋へ淡い光りを投げかけていた。実際その寝台はどうも虫が好かなかった。
 給仕は僕の手提げ鞄を下に置くと、いかにも逃げ出したいような顔をして、僕を見た。おそらくほかの乗客たちのところへ行って、祝儀にありつこうというのであろう。そこで、僕もこうした職務の人たちを手なずけておくほうが便利であると思って、すぐさま彼に小銭をやった。
「どうぞ行き届きませんところは、ご遠慮なくおっしゃってください」と、彼はその小銭をポケットに入れながら言った。
 しかもその声のうちには、僕をびっくりさせるような可怪《おかし》な響きがあった。たぶん僕がやった祝儀が足りなかったので、不満足であったのであろうが、僕としては、はっきりと心の不平をあらわしてもらったほうが、黙っていられるよりも優《ま》しだと思った。但し、それが祝儀の不平でないことが後にわかったので、僕は彼を見損なったわけであった。
 その日一日は別に変わったこともなかった。カムチャツカ号は定刻に出帆した。海路は静穏、天気は蒸し暑かったが、船が動いていたので爽《さわや》かな風がそよそよと吹い
前へ 次へ
全52ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
クラウフォード フランシス・マリオン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング