の粘《ねば》ねばした、泥のような、異様な怪物は、その死人のような白い眼でじっと僕を睨んでいるらしく、そのからだからは腐った海水のような悪臭を発し、濡れて垢《あか》びかりのした髪は渦を巻いて、死人《しびと》のようなその顔の上にもつれかかっていた。僕はこの死人のような怪物と格闘したが、怪物は自分のからだを打ちつけて僕をぐいぐいと押してゆくので、僕は腕がもう折れそうになったところへ、生ける屍《しかばね》の如きその怪物は死人のような腕を僕の頭に巻きつけて伸《の》しかかってきたので、とうとう僕は叫び声を立ててどっと倒れるとともに、怪物をつかんでいる手を放してしまった。
 僕が倒れると、その怪物は僕を跳《おど》り越えて、船長へぶつかっていったらしかった。僕がさっき扉の前に突っ立っていた船長を見たときには、彼の顔は真っ蒼で一文字に口を結んでいた。それから彼はこの生ける屍の頭に手ひどい打撃を与えたらしかったが、結局彼もまた恐ろしさのあまりに口もきけなくなったような唸《うな》り声を立てて、同じく前へのめって倒れた。
 一瞬間、怪物はそこに突っ立っていたが、やがて船長の疲労し切ったからだを飛び越えて、再びこちらへ向かってきそうであったので、僕は驚駭《きょうがい》のあまりに声を立てようとしたが、どうしても声が出なかった。すると、突然に怪物の姿は消え失せた。僕はほとんど失神したようになっていたので、たしかなことは言われないし、また、諸君の想像以上に小さいあの窓口のことを考えると、どうしてそんなことが出来たのか今もなお疑問ではあるが、どうもかの怪物はあの窓から飛び出したように思われた。それから僕は長いあいだ床の上に倒れていた。船長も同じように僕のそばに倒れていた。そのうちに僕はいくぶんか意識を回復してくると、すぐに左の手首の骨が折れているのを知った。
 僕はどうにかこうにか起きあがって、右の手で船長を揺り起こすと、船長は唸りながらからだを動かしていたが、ようようにわれにかえった。彼は怪我をしていなかったが、まったくぼう[#「ぼう」に傍点]としてしまったようであった。

 さて、諸君はもっとこのさきを聞きたいかね。おあいにくと、これで僕の話はおしまいだ。大工は彼の意見通りに百五号の扉へ四インチ釘を五、六本打ち込んでしまったが、もし諸君がカムチャツカ号で航海するようなことがあったらば、あの部屋の
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