うです。おや、たしかに今……。私にはあの潮くさい臭いがします。あなたには感じませんか」
 船長は自分の鼻を疑うように、しきりに空気を※[#「鼻+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]《か》ぎながら、僕にきいた。
「たしかに私にも感じます」
 僕はこう答えながら、船室いっぱいに昨夜と同じく、かの腐ったような海水の臭いがだんだんに強くただよって来るのにぞっ[#「ぞっ」に傍点]とした。
「さあ、こんな臭いがして来たからは、たしかにこの部屋が湿気《しけ》ているに違いありません」と、僕は言葉をつづけた。「けさ私が大工と一緒に部屋を調べたときには、何もかもみな乾燥していましたが……。どうも尋常事《ただごと》ではありませんね。おや!」
 突然に上の寝台のなかに置いてあった手燭が消えた。それでも幸いに入り口の扉のそばにあった丸い鏡板つきのランプはまだ十分に輝いていた。船は大きく揺れて、上の寝台のカーテンがぱっとひるがえったかと思うと、また元のようになった。素早く僕は起きあがった。船長はあっ[#「あっ」に傍点]とひと声叫びながら飛びあがった。ちょうどその時、僕は手燭をおろして調べようと思って、上の寝台の方へ向いたところであったが、本能的に船長の叫び声のする方を振り返って、あわててそこへ飛んでゆくと、船長は全身の力をこめて、窓の戸を両手でおさえていたが、ともすると押し返されそうであったので、僕は愛用の例の樫のステッキを取って鍵のなかへ突き通し、あらん限りの力をそそいで窓の戸のあくのを防いだ。しかもこの頑丈なステッキは折れて、僕は長椅子の上に倒れた。そうして、再び起きあがった時には、もう窓の戸はあいて、跳ね飛ばされた船長は入り口の扉を背にしながら、真っ蒼な顔をして突っ立っていた。
「あの寝台に何かいる」と、船長は異様な声で叫びながら、眼を皿のように見開いた。「わたしが何者だか見る間、この戸口を守っていてください。奴を逃がしてはならない」
 僕は船長の命令をきかずに、下の寝台に飛び乗って、上の寝台に横たわっている得体《えたい》の知れない怪物をつかんだ。
 それは何とも言いようのないほどに恐ろしい化け物のようなもの[#「もの」に傍点]で、僕につかまれながら動いているところは、引き延ばされた人間の肉体のようでもあった。しかもその動く力は人間の十倍もあるので、僕は全力をそそいでつかんでいると、そ
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