「》をなげた。案の定敵は、ドスを頭上に晃《ひか》らせつつまえのめりにおっかぶさってきた。おれは体をかがめたまま、まるたんぼう[#「まるたんぼう」に傍点]を両手ににぎって力まかせの「胴」をいれた。その手は男のドスよりもはやかった。男がうめきつつ地上によこだおれになるがはやいか、猟犬が獲物にとびつくいきおいで馬のりになり、めったやたらになぐりつけた。「さそい」の一手が効を奏したのだ。
「かん……かんべん……だ、だんな、かんべん……」
 よほどくるしい吐息のしたからきれぎれにこう哀願するやつを、俵でもかつぐようにもちあげて、
「勝手にゆけっ」
 と、前方へつきとばした。男は二三度こけつまろびつ、あたかもはなたれた兎のごとくまたたくまに暗闇のなかへ吸いこまれた。
 それから急遽表通りへで、Q街の屋根裏にかえったのはもはや夜明けにちかく、ほのぼのと白まってゆく空にそろそろ花の都パリがうごきだしていた。途中二度ばかり密行の不審訊問にあったが、どうしてもその夜の事件にふれることができなかったというのは、おれ自身のシチュエエションが非常にきわどいので、へたに口をわればとんだ災難にあわぬともかからぬと思
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