あ、この妖街の一隅で、おれのあいかたがころされた、ころされるところをみてしまった、とこう思うと、ばかばかしいことだがぞオっとして、路地を足ばやにかけぬけ、こきざみに表の商店街のほうへはしっていった。
 ところがどうしたことだろう、あながちにさっきの殺人事件と関係があるとは思えないのだが、客待ちのタクシーが一台もみあたらぬ。こうなったらあるいてかえるより道がない。あるいてかえったとて、おれの下宿まで二時間ばかりだからたかがしれているし、それに夜道はなれている。おれは頭のなかで、克明に道順をかんがえつつ、ねしずまった深夜の街衢《まち》をとことことあるきはじめた。ところどころでさびしい灯を鋪道にはわさせている立飲屋で、アタピンをひっかけちゃあ元気をつけてあるいてゆくうちに、さむさはさむいが風がないだけに歩行がらくで、ひととおり背後をふりかえってからせんこくの奇態な殺人事件を、もういちどかんがえてみた。
 まず、なぜあのじごくがあの家でころされなければならないかという理由だ。不愛想で、陰気で、みようによってはなんとなく秘密ありげな女だったが、ふっと、ああいう特殊な社会の脱走者にたいする刑罰が、
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