は、此の陳情書を閣下の御屋敷の豪華な書斎の暖炉に向いつつ、半ば嘲笑を混え乍ら御読みの事でありましょう。そうして居られる閣下が、別の場所、例えば新橋《しんばし》何々家で盃を嘗め乍ら芸者と歓を共にして居るもう一人の自分が居るなどと想像する事は、余り気味の好い話では有りますまい。私自身とて斯くの如き事実には全く信を措かざる者であります。が、前陳のおふささんと房枝の問題を、どう解釈したらいいのでありましょう? 私は形式的に女と同衾《どうきん》し乍ら、果してそれが同名異人であるのか、房枝の早業か、将又《はたまた》ドッペルゲエンゲルの怪奇に由来するものであるか、――確めねば気の済まぬ気持に迄達して了ったのであります。それには女の言葉に依ればおふささん[#「おふささん」に傍点]は同じ家で密夫と逢曳《あいびき》の最中との事であるから、夜の白むのを待たず高円寺の自宅に取って返し、房枝の存在を確める事が一番近道で有ります。私は斯う決心すると、矢も楯も堪らず女の不審がるのも耳にせず起き上って着物を着換えました。乍然、閣下よ、何と言う不運で有りましょう、私は階段の降り口で、十五歳の折一度経験してそれ以来更に見
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