部下は、閣下は、我が日本国の捜査機関は、一人の殺人犯を見逃してそれで恬然《てんぜん》と行い済ませて居られるのでありましょうか? 私は私の苦しい心情を、殺人犯で有り乍《なが》ら其の罪を罰せられないと云う苦しさを、閣下に直接知って戴いた上其の罪に服し度《た》いとの希望を以て此度《このたび》斯《こ》うして筆を取った次第であります。一個の文化の民として、罪を犯し乍ら其の罰を受けないと云うのは、如何許《いかばか》り苦しい事でありましょうか?――。是は其の者に成って見なければ判らない煩悶《はんもん》でありましょう。何よりも私は世間の者より狂人扱いにされる事が堪《たま》らなく苦痛なのでありまして、此の儘《まま》此の苦痛が果し無く続くものであるならば、いっそ首でも縊《くく》って我と我が命を断つに如《し》かないと屡々《しばしば》思い詰めた事でありました。私が何故一人の女を、私自身の妻房枝[#「私自身の妻房枝」に傍点]を殺さなければならなかったか?――。其の理由を真先に述べるよりも、私が初めて妻の行動に疑惑を抱いた一夜の出来事から書きつづる事に致しましょう。※[#始め二重括弧、1−2−54]斯く申し上げれ
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