《みすじまち》の赤い電灯に向って疾走して行きました。遊廓付近はそれでもおでん立ち飲みの屋台が車を並べ、狭い横丁からカフェの女給仕の、此の儘別れてそれでよけりゃ、気強いお前は矢張り男よ、いえいえ妾は別れられぬ、別れられぬ――と音律も哀愁も無視した黄色い声が聞えて来、酔漢や嫖客が三々五々姿を彷徨《さまよ》わせて居り、深い夜更けを想う為には時計を見る等しなければなりませんが、一度其の区域を外れ貧しい小売商家街に這入りますれば、深夜の気配が求めずして身に犇々《ひしひし》と感じられます。更けると共に月は益々冴え、アスファルトの道に降りた夜露は凍って其の青い光を吸い込んで居ります。自動車が三筋町の電停を一二町も過ぎ尚も疾走を続けようとした折に、夫迄《それまで》石の様に黙り続けて居た男が、運ちゃん、ストップ、と陰気な嗄《かす》れ声を発しました。閣下に是非共其の場所の探索を命じて戴き度い為に地理的正確さを以て誌し続け度いとは存じますが、何分其の際軽度乍ら酔って居りましたし、酔えば必ず記銘力を失い、時間と地理の観念が極端に薄れて了うのが至極|遺憾《いかん》で有ります。男の案内に従《つ》いて上った問題の家
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