の疑惑は茲に確定的なものと成りました。一時は恟ッと致しましたが表面は益々落着いて、あんな綺麗な女の色男になるなんて果報者だな、其の果報者は何処の何奴だと空呆《そらとぼ》けて訊きますと、相手は一層調子に乗って来て、それはそれは綺麗な美男子なのよ、恰《まる》で女見たいな。貴方、浅草の寿座《ことぶきざ》に掛って居る芝居見た事ある? 其の人は一座の女形《おやま》なんですって、今夜も既《も》う今頃はお娯しみの最中よ、そりゃ仲が良くって、妾達|妬《や》ける位だわ、と野放図も無く喋り立てます。最後に私の確信にとどめ[#「とどめ」に傍点]を刺す心算《つもり》で、おふささんは何処に住んで居るんだい、まさか高円寺じゃあるまいね、と大きく呼吸をし乍ら質しますと、あら、やっぱし高円寺よ、屹度《きっと》おんなじ女じゃない? 何でも男の子が一人有るんですって、でも御亭主が御亭主だからおふささんも大っぴらで好きな事をして居るらしいのよ、と淡々然と答えたので有ります。酒精《アルコール》の切れた時の私の心臓は非常に刺戟に弱いのでありまして、男の子が一人あると聞いた瞬間はドクドクと物凄い速力で暫しの間鳴って居りました。何故私が是程の動揺を受けたのかと申しますと、それは妻の不貞の事実よりも、――それはそれとしてさして問題にす可き事柄ではありませんし、――其の時高円寺の襤褸家《ぼろいえ》で口を開け高鼾で眠って居る妻の姿を想像すると同時に、今其の家で別のもう一人の妻を発見した[#「別のもう一人の妻を発見した」に傍点]と言う、彼の恐ろしい DOPPELGAENGER《ドッペルゲエンゲル》 の神秘を想起したからで有りました。閣下は、茲で二重体《ドッペルゲエンゲル》を持ち出した事に、わっはわっはと呵々大笑なさる事でしょう。乍然《しかしながら》、閣下よ、是は古今東西に屡々実例を見る動かし難い事実で有りまして、其の実例を挙げる者が何々教授何々博士と、――無学文盲の徒に非ずして、謂わば最高の科学的智能を備えた学者達で有ると云うのは、何たる皮肉で御座いましょう。詳しい事は独逸の Dr.WERNER(|〔Die Reflexion u:ber dem Geheimnis〕《神秘の省察》)(|〔Die Untersuchung fu:r die Geistes Welt〕《心霊界の探求》)の二書に就いてお知り下さいまし。閣下
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