《ていちょう》に訪れて来られた方がございました。年の頃は五二、三、着物の好みは、あくまで、渋い、おかしがたい気品あるうちにも、何かしら昔を思わせる色と香のまだ消えやらぬ、どこか大家の御隠居さま、と感じられるお方でございました。
「御都合がおよろしい様でございましたら、しばらく、お稽古して頂きたいと存じますが」
と、かように申されたのでございます。私にいたしましては、もとより、異存《いぞん》のある筈はございません。
「お稽古と申しましても、ほんの、お子供衆のお手ほどき、それでもおよろしい様でございますれば」
と、お受けしたのでございました。私は最初の内、そうした身分の方でございますれば、わざわざ私たちの様なところへお越しになるのも、不審といえば、不審なこと、何故にまた、お宅へ名ある師匠をお呼びよせにはならないのであろう、と考えたのでございました。しかし、段々と、お話を承《うけたま》わっていますと、それにも道理のあること、と合点《がてん》したのでございます。この方は、私が最初に推量いたしましたように、名ある資産家の御隠居さまでございました。お宅は芦屋《あしや》の浜にございましたが、お若い時からの、ご陽気すぎ、それも、奥様、ご寮人《りょうにん》さまで、下男、下女にかしずかれていられる間は、下の者の手前、こうしたお稽古ごとなぞ思いもよらぬことでございましたもの、御隠居さまで、御自由なお身体になられますと、時間の御都合もでき、せめてもの楽しみに、と、お買物の風を装われては、街までお出ましになり、それも、名のある師匠ではお知合いのお方にお会いになるけねんもございますこととて、わざと、ああした旧家町。私たちの様な、お稽古所へ尋ねて来られたのでございました。ところが、
「では、そちらさまのご都合が、およろしいようでもございましたら、お稽古は今日からでもいたしましょう」
と、申しまして、
「唄をなさいますか、それとも、踊りのお稽古でございましょうか」
と、お伺いいたしますと、
「唄を、どうぞ」
と申されたのでございます。お年寄り衆でございますれば、大抵《たいてい》は踊りか、さもなくば、三味線のお稽古をなさるものでございますので、こうしたお言葉に、私は、少し意外に感じたのでございました。それで、
「唄でございますね」
と、念を押し、
「何か、ご注文でも……」
と、重ねて、おたずねしたのでございました。すると、
「それでは、春雨と、梅にも春を、お歌いいたしたいと存じますが最初は春雨を、お稽古して頂きます様に……」
と申されました。私は、糸の調子を下げまして、
「では、お稽古いたしましょう」
と、三味線を取り上げ、
※[#歌記号、1−3−28]春雨に、しっぽり濡れる、鶯《うぐいす》の……。
と、うたい始めたのでございました。が、お稽古にかかりますとすぐに、
「もう、今日はこれで結構でございます」
と、頭をお下げになったのでございます。私は、初めのうちで遠慮なされている事と存じまして、
「どうか、ご遠慮なく、ごゆるりと、お稽古なさいます様に……」
と、申しましたが、
「いいえ、今日はこれで結構でございます。別に、急ぐお稽古でもございませんし、ぜひ憶えねばならぬ訳でもございません、これから、遊び半分に、ゆっくりと、お稽古させて頂きたいと存じます」
と、かように申されたのでございました。そして言葉を改め、
「これは、ほんの少しでございますが、おひざ付きに、そして、これは御連中さまへのお近づきの印に、皆様で一杯お上がり下さいます様に……」
と、紙の包みを二つ出されたのでございました。私は、おひざ付き、と申された紙包みは、有難く頂いたのでございますが、も一つの方は、
「連中さんと申しましても、実は、お子供衆ばかりでございますから、皆様に一杯さし上げる訳にも参りませぬ」
と微笑みながら、ご辞退いたしますと、この方も、お上品に、お笑いになりまして、
「なる程、お子供衆でございましたら、ご酒《しゅ》を上がって頂く訳にも参りますまい。では、何か、お菓子でも買って、おあげ下さいませ」
と、仰有《おっしゃ》ったのでございました。
三
この方が、お稽古に来られる様になりましてから、二週間目のことでございました。もう、その頃は、春雨と、御所車を上がっていられたのでございますが、
「実は、近い内に、どこかの温泉へ、保養がてら、一、二週間ほど行きたいと思っているのでございますが、どうも、一人で行くのは話し相手がなく、淋しいもので……」
と、こう、仰有るのでございます。そして、
「……若《も》し、お師匠さまのご都合がおよろしい様でございましたらお供をさせて頂きたいと存じます」
と、こんなに、申されたのでございました。――師匠をいたしておりますと、こうしたお誘いをよく受けるのでございます。どなた様も、きまった様に、
(師匠のお供……)
とは申されますものの、当然、こちらの方が、おともでございまして、お風呂からお上りになりますと、紺の香も新しい、仕立おろしの宿の浴衣《ゆかた》に着かえまして、さて、
「お師匠さま、こうしていましてもご退屈でございますから、時間つぶしに、何か一つおさらいして頂きましょうかしら」
と、いわれるのでございます。すると、
「ほんに、そういたしましょう」
と、三味線を宿のお女中さんに、おかりいたしまして、お稽古人の機嫌を取りながら、お稽古するのでございます。こうした事は、分限者《ぶんげんしゃ》の御新造《ごしんぞう》さんで隠居さまがたを、お稽古人にもっていられる長唄や清元のお師匠がたには、ありがちの事ではございますもののわたくし風情《ふぜい》の、小唄の師匠にとっては、ほんに、めずらしいことでございました。丁度、それからの、一、二週間は、お稽古は休みでございましたし、母もすすめて呉れましたので、私は、このご親切な申出を、お受けいたしたのでございます。ところが、そうと定《きま》りますと、私への御祝儀《ごしゅうぎ》としてでございましょうか、美しい島原模様に染め上げた、絞縮緬《しぼりちりめん》の振袖と、絵羽《えば》模様の長襦袢、それに、絞塩瀬《しぼりしおせ》の丸帯から、帯じめ、草履にいたるまで、すっかり揃えて下さったのでございました。――かように申しますれば、どれほど私が喜んで御隠居さまの、お供をいたしましたことか、お分りでございましょう。
旅だちの日が参りますと、私は、頭の先から足の先まで、御隠居さまから贈っていただいた品物で装いまして、家を出たのでございます。ところが、御隠居さまは、家を離れるとすぐに、こんな事を申されたのでございます。
「旅をいたしている間、私がお師匠、とお呼びするのも、何んだか人の気を引き易くて、変でございますし、私も、御隠居さまと呼ばれますと、何だか改まりまして、保養をする気がいたしませぬ。でこういたしましょう。私は、あなたを、娘か何かの様に、お千代と呼ぶことにいたしましょう。師匠は、私を――お母さん、では、余り芝居がかる様でございますから、伯母さんと言って下さいませ。これでは不自然でなく、いいでございましょう」
と、かように申されたのでございます。汽船は、新しい『別府丸《べっぷまる》』でございました。中桟橋《なかさんばし》に着きますと、船は、もう横づけになっております。切符の用意はしてございましたので、私達はすぐ船に乗ったのでございます。ところが、船の入口で、御隠居さまは、お知り合いの方にお逢いになったのでございました。背広服を着た、いかめしい、お方で御座いました。御隠居さまは、丁寧に御挨拶をなさいました。私も、軽く会釈をいたしましたが、お話の邪魔をするのは失礼と存じまして、少し離れて立っておりました。男の方のお声は少しも聞きとれませんでしたが、御隠居さまの、
「……しばらく、別府で保養をいたしたいと存じます。千代もつれまして」
と、言っていられるのが、かすかに、聞きとれたのでございました。私は、その方の事は、何もお訊《たず》ねいたしませんでした。勿論《もちろん》、そうした事は失礼と、存じていたからでございます。しかし、
「千代を連れまして」
と言われた言葉が気になりましたので、それとなく、お聞きいたしますと、御隠居は、笑いながら、
「いいえ、違いますよ、お師匠のお話をいたしまして、千代と思って、お連れ申して行く、とお話いたしていたのでございます。実はあれは、親戚にあたる者でございまして、私の姪に、師匠ほどな手頃の、千代という娘のあった事を知っているのでございます」
と、こう申されたのでございました。それから、幾度《いくたび》も、あの千代が生きていましたら、ほんとに師匠ほどでございます。そういたしましたら、私も生き甲斐《がい》があるのでございますが、三年前に死にましてからは、ほんとに、世を味気《あじき》なく暮して参りました。しかし師匠にお稽古して頂く様になりましてからは、すっかり、この世が明るくなった様に感じまして、自分ながらに、大変、喜んでおります。と、こんなことを申されたのでございます。
温泉宿の生活と申しますれば、どこでも、そうでございましょうが私たちも、ただ、御飯をいただいて、お湯に入ることだけが、一日の仕事でございました。もっとも、日の光が、お部屋いっぱいに差しこむ、うららかな朝、かおりの高い、いで湯に、ほてった身体を宿のお部屋着につつんで、ほっとしています時など、伯母さまは、よく、
「では、千代ちゃん。何か、おさらいして頂きましょう」
と、いつも、きまったように、春雨か、または御所車を弾きまして、御隠居さまは、小さな声でおうたいになりながら、
「ねえ、千代ちゃん、あなたに教わって、すっかり上手になったでございましょう」
と、静かに、お笑いになるのでございました。
御隠居さまは、いつも私を、千代ちゃん、千代ちゃんと、それはそれは、親身の伯母であっても、こうまではいって下さるまい、してくださるまい、と思うほど、私を大切にして下さいました。私も心から伯母さまと呼びまして、部屋の女中までが、
「ほんに、お睦《むつま》じいことで、お羨ましく存じます」
と、一度ならず、二度までも、私達を前にして、さも、うらやましげに、申した程でございました。
四
私たちのお部屋は、静かな離れ座敷でございまして、三方には中庭を控え、夜なぞ、本館の方から洩れてくる部屋部屋の火影《ほかげ》が、植込の間にちらちらと見えるかと思えば、庭の木立の上からは、まっ白いお月さまが、そっと、のぞき込むのでございました。――のぞきこむ、と申しますれば、私たちのお部屋は、いま申しましたように、ほとんど中庭にあるのでございますから、お部屋の障子《しょうじ》を明けておりますれば、時折、お庭掃除の男衆が、箒《ほうき》や熊手などを手に、そっと頭を下げて通りすぎるようなことは、別に不思議でもないのでございますが、そうした下男のお一人に、いかにも、何か目的あるかのように、そっと、お部屋をのぞいては通りすぎるお方があったのでございます。顔をなるべく、見せないようにしていられますものの、どこかでお目にかかったような気がいたしまして仕方なかったのでございました。
「たしかに、どこかでお目にかかった方」
私は、かように、考えつづけて、おりましたが、ふと、思い出すと、
「おお、そう」
と、御隠居さまの方に向き直り、声を低めて、
「伯母さま。今、通って行きました、男衆に、お気づきになりましたか、あの人は、私たちが、出帆《しゅっぱん》いたします時、伯母さまと話していられた、ご親類の方に、そっくりでございます」
と、こんなに申しまして、口の中で、いくら似ているとは言え、あれほど、似ている方があろうことか、と独白いたしました。が、それと同時に、長い間、すっかり忘れておりました、あの私自身の姿を思い出しまして、思わず、ぞっとしたのでございました。御隠居は、
「そうでございますか、そんなに、あの
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